ここ最近、森友学園、加計学園、記者へのセクハラ事件、日大アメフト、至学館大パワハラなど、不祥事関連で慌ただしかった文部科学省ですが、また出ましたね。
今回は国の私立大学支援事業の選定の見返りに、自分の子どもを東京医科大学の入試で不正に加点して入学させるという行為が発覚しました。
事件の概要については朝日新聞の記事を見ていただくと分かりやすいと思います。
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この記事によると、東京医科大学が文科省の官僚の息子を不正に入学させることによって、5年間で最大1億5千万円が助成されるというものだそうです。ただし、大学は目先の1億5千万円欲しさに不正に入学させたというよりは、「今後も文部科学省とよろしくやっていけること」の方が大きいでしょう。
そう、森友や加計を見れば明らかなように、権力を握っている役所の人たちや、その役人をコントロールできる人たちに忖度しよう、便宜を図ろうという気持ちは自然と湧いてくるものだし、一般に世の中は「持ちつ持たれつ」の関係でやっていくのは悪くありません。しかしそれが受託収賄を構成してしまうのであれば、決して褒められることではありません。
本来は適切に法を執行する立場の役人が、本来は選ばれてはならない大学なのに私立大学研究ブランディング事業を行う東京医科大学を選んでしまい、本来は日本の医療を背負っていくべき若者を教育する立場の医科大学が、本来は合格させてはいけない学力の乏しい若者を合格させてしまったのであります。
近年、少子化の影響から、大学は定員割れを起こしてしまうため、大学入試の方法は多岐に渡っています。学力試験のみを行う一般入試の他に、一般推薦、指定校推薦、AO入試入試など、学力が伴っていなくても、受験生の性格や将来性などをくみ取って合格させることがあるから、かつてタレント親子が引き起こした「替え玉受験」のような不正は起きにくなってきました。このような加点・減点の基準があいまいな推薦枠であれば、実際は不正な加点があったとしても、表面化しにくいのです。したがって、20年前は不正入試とされた方法が、今は様々な推薦入試によって適正となってしまったのです。
■医学部へ不正入学させたことは大きな罪
しかし、一般的な文系学部と医学部とはだいぶ違います。
卒業すれば、国家試験を経て90%は医師になれるという医学部においては、入学後6年間の授業や実習に耐えられるか否かという問題も出てきます。東京医科大学の今年度の入試は3535人が受験、214人が合格、倍率は16.5倍です。大学は「これだけの倍率をくぐり抜ける点数を叩き出せる学力があった」という前提でカリキュラムを組むのですから、不正に入学した場合は落ちこぼれる可能性が高いということになります。
一般に「落ちこぼれ」と呼ばれる人は、補習校へ行くとか、必死に勉強するなど、自らの努力で学力が向上する可能性があります。ただ、一般的な落ちこぼれは、入試で合格点を叩き出した人が、遊び呆けてしまって成績不振になるだけであって、もともと合格するだけのポテンシャルを持っているのですからV字回復の期待ができます。問題は入試で不正をした人物が落ちこぼれた場合、V字回復どころではなく、基礎学力を高めるところから始めなければならないのです。
そもそも能力が無いのにポジションを与えられてしまった人が、能力が向上して他の学生と同じように学ぶことができるものでしょうか。可能性ゼロとまでは言いませんが、普通に考えればダメに決まっているじゃないですか。
それでも、友人や教授たちの配慮があって、何とか医学部卒業に漕ぎ着け、予備校に通ってどうにか医師国家試験もパスしたとします。
だけど、そんな人が研修医を経て、本当に医師としてやって行けるのでしょうか。
私は総合病院で働いているキャリア10年以上の医師にインタビューをしたことがありますが、そんな人は目の輝きが違います。医学がたまらなく好きで、食事をしている時も頭の中は治療方法のことで頭がいっぱいになってしまっている人でした。
逆に、医師免許は持っているものの、悪い意味でサラリーマン的な医師を取材したこともありますが、ビックリするほど知識が乏しく、権威を振り回しているだけという残念な人でした。
医師は、看護師などのコメディカルと多く異なる点として、医療行為ができることが挙げられます。医療行為は医師が自ら必要だと思えば、合法的に切ることも投薬もできます。つまり、医療行為であれば、医学的に手順や方法が正しいのであれば、人を死なせても責任を問われない職業なのです。だからこそ、医師は人に尊敬されるし、勤務医であっても給料が高いのです。
■能力の低い人にポジションを与えることの危険
以前、京都大学ですさまじいカンニング事件がありましたが、同じ要領で東京大学の文系学部の入試でカンニングして合格・入学した人がいたとします。文系学部なら、人の生死に関わる国家資格とは無縁なので、卒業に必要な単位を得られる楽勝科目ばかりを選んで履修すれば、学力が乏しくても卒業できるかもしれません。
そんな彼は東大へ行ったことで、他の三流私大に通うよりは高度な勉強をする機会があったかもしれませんが、本人の基礎学力が低いという事実は変わりません。だけど、東大を卒業したという事実はもう消されることはないでしょうから、比較的有名な一流企業に就職できたり、その企業の中でも東大卒ということで重要なポジションを任されることがあります。
企業にしてみれば、「必要なときに必要な文献を収集し、様々な問題を適切に判断し、マルチタスクもこなせる人材で将来の幹部候補」というイメージがあるから東大卒を採用します。しかし、当の本人は「東大卒であれば他人と同じ仕事をしても給料が高いはずだ」という、実は優良誤認させるための手段として東大卒をアピールしているだけなので、会社としては不適切な人材を高い給料で雇用したことになります。
そう、彼を雇用した企業は、高い給料で人を雇い入れたのも関わらず、業績が低くなってしまうのです。
彼が現れなければ、三流私大の卒業生を雇い、彼らに研修や教育を施すことで、適材適所の経営を行うことができたのに、学歴という名の能力偽装に騙されてしまうのです。たいへんな機会損失です。
そう、今回の医学部不正入試は、能力の乏しい1人を合格させたというだけではなく、1人の合格レベルに達したはずの若者が不合格となって排除されてしまったのが問題なのです。本来は合格していた人物が医師になって助かる命や人の健康と、不正に合格した彼が医師になって人に危害を与える危険性を考えると、社会的に大きなマイナスとなるのです。
■文部科学省の官僚ゆえに罪は大きい
私は今回の事件について、受託収賄罪そのものよりも、不正入試に加担したことの方が大罪と考えています。
人の生死に関わる分野で、著しく学力の劣る者に資格や権力を与えてしまうというのは、実に恐ろしいことになりませんか。
学力が劣るということは、彼は自分よりも優秀な人材を蹴落とすことに躍起になり、足の引っ張り合いとなるのです。
このような事態にならないよう、一定の基準に大学に医学部を任せ、その医学部が定める基準に合致した入試問題を出題し、志願者を選抜した上で医師を養成するのです。
こう考えると、一周して森友学園、加計学園、記者へのセクハラ事件、日大アメフトタックル、至学館大パワハラ問題に再び行き着きます。
文部科学省で起こったこれら一連の問題は、共通して「権力を持った人やその周辺の人たちが、権力を傘に様々な悪事を企てた」ということになります。
こうして表面化するということは、まだ正義漢のある関係者が告発できるというところに一縷の希望があるということだと思います。
教育に携わる人たちは、膨大な予算に目を曇らせることなく、ぜひ適切な学校運営にあたっていただきたいものであります。
医学部の学部内での勉強はほとんど暗記中心で例えば理系科目中心の入試で合格した人が学部内で良い成績を修めるかというと、下手をすると逆相関になる可能性さえあります。
(かといって不正入試を認める気はさらさらありませんが)
卒業して医師免許を取った後の研修時代の上達には上司との人間関係が大切で、大体それで医師としての基礎的な力が形成されると思います。私のように何十冊の教科書を100回近く読んで、ようやくまともな治療ができるようになったというような例は極めて稀だと思います。
医師免許を持っているだけで全く勉強せず権威を振り回すのは論外ですが、食事をしている間も医療のことを考えている、というのもやや極端に思います。臨床医学には最新の治療が求められる反面、標準的(standard)な治療も求められ、常に自分の行動を冷静に見つめる第三者的な目も必要に感じます。
だから医学部を志望するものとして大切な資質は暗記力、人間関係、社会的常識だと思います(かつての私はそのどれもありませんでした)。その上で論理的思考力があれば研修が済んだあと、うんと上達すると思います。