2022年12月05日

大学改革支援・学位授与機構の学修成果レポート作成入門

以前、エール出版社さんで発売していた「短大・専門学校卒ナースが簡単に看護大学卒になれる本」ですが、私がオクムラ書店の代表になったのを機に、版権を譲渡していただき、このたび、改訂版として発行することになりました。

既に発売しておりますので、お近くの書店かネット書店でお買い求めください。

書名:短大・専門学校卒ナースが簡単に看護大学卒 学修成果レポート作成入門
ISBN番号:978-4860531430
著者名:秋場研・松本肇・宮子あずさ
発行社:オクムラ書店

短大・専門学校卒ナースが簡単に看護大学卒 学修成果レポート作成入門
大学改革支援・学位授与機構の看護学士を2週間でめざす

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2022年03月08日

なぜ学校の校則は「トンデモ化」してしまうのか

いくつかのメディアに学校の校則についてのコメントを求められることがあったので、私の見解を示しておきます。
校則と懲戒(禁止されてはいるけれど体罰を含むとします)の関係は、法律と罰則規定の関係にあるため、これらの関係を論じないで意見を述べることは適切ではないため、懲戒について述べます。

「懲戒」とは、学校教育法施行規則に定める退学、停学、訓告のほか、児童生徒に肉体的苦痛を与えるものでない限り、通常、懲戒権の範囲内と判断されると考えられる行為として、注意、叱責、居残り、別室指導、起立、宿題、清掃、学校当番の割当て、文書指導などがあります。
懲戒の中に「体罰」は含まれていません。なぜなら、学校教育法11条に規定があるからです。

学校教育法 第11条 校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、監督庁の定めるところにより、学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。但し、体罰を加えることはできない

体罰は極端な暴言などもありますが、ここでは分かりやすくするため、「殴る」、蹴る」などの暴行として説明します。

■殴る蹴るは許されないが、違反する生徒・児童には懲戒しても構わない

こう考えると、殴る・蹴るなど暴行でさえなければ、つまり児童生徒に肉体的苦痛を与えるものでない限り、校長・教員は、注意、叱責、居残り、別室指導、起立、宿題、清掃、学校当番の割当て、文書指導などをすること自体は禁じられていないということになります。これは体罰の禁止及び児童生徒理解に基づく指導の徹底について(通知)で、具体的に書かれています。

学校を運営するに当たり、学生・生徒・児童が秩序を乱すような行為があったり、教育上必要だと思うのなら、学校は懲戒することができます。その懲戒を定め、刑法でいうところの罪刑法定主義、「何をしたらどのような懲戒を受ける可能性があるのか」を各学校は校則という形であらかじめ制定しておくというものです。

つまり、学校は秩序を守り、充実した教育サービスを提供するために、校長・教員に一定の権限を持たせ、校則の制定と懲戒権を持たせているということになります。立法・行政・司法が分かれている「三権分立」とはほど遠いものの、形式的にはPTAなどと協議の上で校則を定めたり、職員会議で合理的な検討を行う学校もある一方で、その時代や地域の特性によって学校長に一任していた学校も多いと思います。
ものすごくざっくりいえば、高所得世帯の多い地域やまじめに学業を優先させるといった地域特性があるのなら、厳しい校則は必要ないし、あったとしても服装が少しくらい乱れていても適用することは少ない。逆に理性的な話し合いができない人が多く住み、何事も暴力で決着させることが多い地域では、厳しい校則を制定して、守らない生徒には有形力の行使を厭わない教員を配置する必要性も理解できます。

今回、このような記事が出されました。

「身だしなみ校則は人権侵害」父親の弁護士が民事調停を申し立て

公立中学校の校則で定められている身だしなみに関する事項は人権を侵害するものだという指摘があったとのことです。
この指摘は、小学校6年生までは私服や自由な髪形での登校が問題なかったものが、中学に入学した瞬間から急に校則が厳しくなり、郷にいれば郷に従わざるを得ないのは理不尽であるという主張は理解できます。

私も中学生の時は同様の理不尽さを感じつつ、「郷に従う」という服従していました。

■校則の身だしなみ規定は生徒の家庭環境を知るためにある

私は昭和50年代に、川崎市立の中学校へ入学しましたが、男子は短髪(スポーツ刈り等)、女子の髪は肩までという校則がありました。実は既に有名無実化しており、パーマ・染髪・剃り込みでなければ特に注意されることはありませんでした。
実は服装や髪形についての厳しい校則は,家庭や交友関係など、生活環境の乱れを察知することために作られた規定です。
例えば「短髪」と定められているのに、髪がボサボサになるまで放置されている場合は、親がネグレクトしているとか、きちんと食事を与えていないとか、衛生環境の悪いところに放置しているのではないか、親子のコミュニケーションが十分ではないのではないかといったことが想像できます。女子学生においては、いきなり華美な服装・髪形になっていると、悪い交友関係・異性関係にあるのではないか。親から虐待を受けているのではないかなど、一定のシグナルとして察知することができます。

子どもの自由な活動を親が認知していて、学業の成績もさほど問題がなく、それでいて子どもが少々変わったことをやっているのなら問題はないけれど、成績が悪く、服装が華美になっているとすれば、何らかの問題があるのではないかとわかるのが服装・身だしなみ規定です。敢えて先生に目をつけられるような服装をして自己承認欲求を満たす生徒の存在も理解できますよね。

だから、学校が生徒の成長を測るため、一定の校則を課すのも、服装や身だしなみの規定を策定するのは合理的であると私は考えます。


■ツーブロック、ポニーテール禁止は適切な校則なのか

金髪に染めるわけでもなく、かつてのリーゼントやアイロンパーマのような、反社とか暴力団とか暴走族とか昔でいうところの「不良」を呼び起こす髪形でもないのに、ツーブロックやポニーテールという、どちらかといえば無難な髪形を禁止する必要があるのかという議論があります。
私はツーブロック・ポニーテール禁止は行き過ぎだと思っています。ここはあくまで私の主観ですが、どちらも高価な施術料金は必要ではありませんし、どちらかといえば安価でさっぱり・さわやかさを演出できる、無難な髪形だと思っています。床屋や美容院できちんと整えて貰い、適度に自分で整えていえば問題ありません。
最近はポニーテールが男性を欲情させるといった校則の存在理由を述べる学校があるようですが、そこまで中学生が性的対象として見られるのを防ぎたいのであれば、そもそも学生服は男女問わずパンツ(ズボン)タイプにすべきです。


■問題は取り締まり方

例えば、「下着は白」「靴下も白」という校則について。下着・肌着の類は常に清潔にすべきで、きちんと洗濯をすべき。汚れ・黄ばみ等が目立つから白にすべきというのは合理的だと思っています。医師・看護師が白衣を着用しているのと同じ理由です。
しかし、教員免許を有しているだけの教員が確認していいのは「靴下が白」までであって、男女問わず、下着の色を確認することまで強制するような運用は行き過ぎです。
「下着は白が望ましい」として、保護者や生徒に説明するまでは構わないのですが、それ以上は行き過ぎです。
本当に健康上の問題がある時だけ、養護教諭が対応する程度にすべきです。


■トンデモ校則問題の背景は「教員の合理的思考力不足」

例えば私の経験した話。中学校入学時、制服着用の上で学生帽の着用が義務とされていました。学生帽を着用しなければならない理由は、「落下物や事故から頭を守るため」と説明されていました。確かにこの規定は合理的です。
しかし、中1の3学期、つまりあと2カ月で2年生に上がる頃に、私は学内で学生帽の盗難に遭います。ただの紛失だと思って職員室に紛失届を出したものの、見つかりません。母に事情を伝えると、もう少し探しなさいと言われました。当時、私の家庭は裕福ではなかったため、学生帽を買うとなると、だいぶ親に負担をかけてしまうからです。
そこで、学生帽をかぶらずに登校すると、生活指導の先生から、いきなりゲンコツで頭を1発殴られます。翌日は2発殴られ、さらに次の費は3発です。
そもそも私は盗難被害者であって、その私を殴ることも理不尽ながら、学生帽の着用義務の根拠は「落下物や事故から頭を守るため」のはずです。頭への衝撃を避けるための帽子が無い生徒の頭を殴るというのは許せません。しかし、それを不憫に思った母は学生帽を買ってくれたのです。これで教員から殴られることはありません。
ところがそのすぐ後、4月からは学生帽の着用義務が廃止となりました。

ここで得られたのは、この頃の校則は生徒・児童の安全ではなく、「学校の秩序」を守るためのものでしかなかったという、実に愚かな教訓でした。盗難被害者の人権よりも、学生帽をかぶってこない者を懲戒する。生徒の安全のための学生帽が無い場合はあえて生徒を危険にさらす。形式的なきまりを守らせるために、本質的な意味を忘れてしまっては意味がありません。

私の子どもの頃の先生たちは「でもしか先生」と呼ばれ、大学を卒業したら教師にでもなるか、教師にしかなれないという、指導力の乏しい先生たちが多かった時代でもあります。
今はそんな時代でもありませんので、規則そのものは厳しく策定しておきつつも、合理的な判断をしながら柔軟に適用していくべきだと思います。

posted by まつもとはじめ at 19:14| 神奈川 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月01日

教育虐待をする親、された子に関する私見



このアベマプライムで報じられている「教育虐待」と呼ばれる子への過干渉は、昔から批判の対象になっています。

私が小学生の頃(1980年頃)は、昭和のアニメには「教育ママ」と呼ばれ、ザマス眼鏡をかけて子どもに学習塾へ通わせて…という典型的な人がいて、私の周辺でも、月水金はそろばん、火は習字、木はスイミング、土は補習塾と、あらゆるお稽古ごとをさせている家庭がありました。

私は学童保育は小学校1年生だけ、そろばん塾は1ヶ月だけ通ったものの、小学校以外の習い事を拒否したこともあって、特に干渉されることはありませんでした。塾などを拒否した代わりに干渉もしない、好きなだけテレビを見て、暇な時間は図書館へ行き、ある程度の小遣いを貰ってマンガを買うなど、自由にやらせてくれた家庭だったと思います。

そんな私は、中学を受験するという同級生に誘われ、「川崎予備校」という中学受験のための予備校のおためし講座を受講することになりました。期間は夏休みのうちの2週間でしたが、開成中学へ行けば東大へ行けるとか、大学附属の中学に入ればそのまま大学へ入れるという話に興味があったのです。

しかし、驚いたのは、おためし受講といえど、入塾テストのようなものがあり、そのテストの順位で教室の席順が決まります。私の席は最後尾。おためし受験だから最後尾かと思っていたら、初日にいきなり、ひとつ前列の男子に「おまえはビリじゃねーか」と嘲笑されたのでした。当時、小学校でそこそこの成績を誇っていたつもりでしたが、そういう仕組みだったことに驚き、自分が最後尾であったこともショックでしたが、ひとつ前列の男がほんの少しの点数の差で他人より地位が高いと思っていることに驚いたのです。

1日2時間、国語と算数の授業は、それはそれは気持ち悪いものでした。
毎日、難解な宿題(私立中学受験の入試問題)や応用題を出題され、それをやってこない者は怒鳴られてビンタされるのです。
それでもその2週間、通い続ければ何か面白みが湧くのかと思いきや、その予備校の粗さだけが気になり、なぜこのような暴力を受けてもこの学校に通い続ける連中がいるのかとか、教師にここまで抑え付けられてやる勉強に意味が見出せず、平然といじめをする者もいて、私は2週間のおためし期間満了と共にやめました。

当時、一介の小学生だった私ですが、「暴力で抑え付ける教育は、暴力的な子しか生み出せない」ということがわかったのです。私の同級生で、この予備校にしっかり通った人たちが4人いましたが、悲しいかなその4人は本当に暴力的で、小学校では「虐待は虐待を連鎖させる」を体現したような連中でした。

その川崎予備校の問題点は、ことあるごとに学校名を出さずに記事化してきましたが、コロナの影響で昨年廃校したと聞きましたので、実際の名前を出して批判しておきたいと思います。

私は第二次ベビーブームの世代です。「親は中卒の労働者」みたいな家庭が多かった時代で、「大学さえ行けば食いっぱぐれることはない」と思われていた時代でもありました。そこにつけ込んだのが、スパルタ教育で子どもに反復学習をさせて目先の学力を向上させ、何がなんでも私立中学へ入学させて結果を出すタイプの塾や予備校でした。

ただ、当時の私はずっと疑問でした。
「死ぬほど勉強させて目当ての私立中学に入学させたらその先も死ぬほどの勉強が必要なのではないか」

その疑問まさにその通りでした。
勉強に楽しさを見出せない子どもが、暴力で成績を向上させた場合、その先も暴力が伴わなければ学力は向上しないのです。
いや、100人の成績不振者のうち、ひょっとしたらきっかけが暴力だっただけで、本当に勉強に興味を持って向上する人が、2〜3人いるかもしれません。しかし、その2〜3人が「暴力的な教育こそ学力を向上させる」と思い込んだらどうなるか。いわゆる「生存バイアス」というやつです。「私はこの方法で生き残れたのだから、同じ方法でみんな生き残れるはずだ」という思い込みです。

そして、100人の成績不振者全員が暴力で成績を向上したものの、特別な2〜3人以外の、つまり残りの9割以上の者は暴力がなければそれ以上向上せず、しかも思春期を迎えて勉強をやめてしまうのです。

サンプル数が少なくて申し訳ないのですが、私の同級生で川崎予備校を経て私立中学に入学した人たちのその後の進路を聞けば、悲しいかな偏差知的には中堅クラスの大学名しか出てこなかったのです。小学校高学年の多感な時期に、暴力的な教育を受けたとしても、その先が保障されているという訳ではなく、どちらかといえば無難な学歴に落ち着いてしまったのです。

むしろ、勉強そのものがトラウマになり、大人になってから学ぶことを極端に嫌がります。
「うちは貧乏で勉強するチャンスがなくて、大学なんて選択肢も無かった」という人は、「放送大学で簡単な科目から始めよう」と、初歩から勉強しようという気になるけれど、「子どもの頃、早慶あたりにいけない奴はバカだ」と言われ続けてきた人は、放送大学なんて名前に触れるだけでも嫌でしょう? こうなってしまうのです。

ドラゴン桜というマンガ・ドラマが大人気です。私も好きだし学びの大切さが説明されているのもすばらしい。ただ、そのドラゴン桜に懐疑的なのも、「東大へ進学すればプラチナチケット」とか「東大以外は目指すな」という結論だけにとらわれる勘違い野郎が出てきてしまうんですよね。

大学名が人生を変えるのではありません。あなたが日々、何に興味を持って実践しているかで変わるのです。

で、廃校した川崎予備校ですが、40年前の暴力教育も、教育虐待なんてことが認知される時代の変化と共に、ここ数年はマシになったのかもしれません。しかし、コロナ禍で廃業したということは、時代の変化についていけなかったのが最大の廃業要因だったのかもしれません。

posted by まつもとはじめ at 15:11| 神奈川 ☀| Comment(0) | 教育問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月03日

中学1年生が自殺、部活の顧問「存在する意味あるのか」、「不慮の事故」と隠蔽する校長

埼玉県さいたま市立南浦和中学校で、バドミントン部に所属する1年生男子生徒が昨年8月26日、夏休み中の部活に向かう途中で自殺。それから1年近い時間をかけて、大きな問題に発展することになりました。

■生徒の自殺は部活顧問からの不適切な指導が原因

いくつかのマスコミが報道した情報によると、中1生徒はバドミントン部の男性顧問から、複数回に及ぶ不適切な指導を受けていたとあります。詳細についてはまだ調査中でわからないことが多いのですが、それでも「胸ぐらをつかむ」といった暴行の他、「頭が悪い」「やりたくておまえらの顧問やってるわけじゃねえ」「お前、存在する意味あるのか」といった人格を否定するような暴言が複数見られたとありました。


■部活顧問はリピーター教師だった

2018年5月、つまり、生徒が自殺してしまう3か月前、学校が行った体罰に関するアンケートで「当該部活顧問から胸ぐらをつかまれた」などの暴行に遭った生徒4人から被害報告がありました。一般に、スポーツの指導者は、少しばかり荒い指導をすることがあります。そのような指導であっても、生徒は「気合を入れてもらった」と前向きに解したり、自分のことを想っての熱血指導だと納得した上での厳しい指導を受け入れることもあるのですが、この学校で起こったのは、やはり理不尽な、行き過ぎた指導だったのでしょう。
「体罰の有無を問うアンケート」で、暴行や暴言を証言しているころから察すると、スポーツの指導という名目では限度を超えた理不尽な指導であったことが想像できます。このアンケートを受けて、顧問は保護者会で謝罪しつつ、その後も同じバドミントン部の指導を続けています。そして7月には保護者会から顧問の交代を要望されていたのにも関わらず、8月に生徒が自殺してもなお、年が明けた今春まで顧問だったといいます。
私たちはこうした体罰を繰り返す教師を「リピーター教師」と呼ぶことがありますが、教育の名の下に行う体罰は、優れた指導力と誤信してしまうことから起こります。そして厳しい指導という名の体罰がこの顧問のストレスの捌け口だったのではないでしょうか。


■校長の指導は「口頭注意」のみだった

報道によれば、昨年4月にアンケートで顧問の指導に体罰的な問題が発覚し、保護者会で謝罪するなどの騒動があってもなお、校長は口頭注意のみの指導で顧問の処遇を事実上放置し、その結果、中1生徒が自殺します。詳しい因果関係は不明とはいえ、学校長として人事権を有するはずの校長が、結果として問題を放置してしまったために、生徒を自殺に追い込んだといえます。


■校長は遺族に「不慮の事故ということに…」と、隠蔽を提案

自殺そのものは未然に防がなければなりませんが、起きてしまった以上は取り返しがつかないのですから、せめてそれはきちんと原因を究明し、再発防止のためにあらゆる手段を取るのが現在の我が国の教育現場です。そして情報を共有することが、再発防止の基本です。しかし、校長はあろうことか、遺族にこんな言葉をかけます。

「自殺という言い方をしてしまうと保護者会を開いて遺族が説明しなければならない。マスコミがたくさん押し寄せてきて、告別式がめちゃくちゃにされてしまう」

死因は部活顧問の体罰からの逃避行動と見られる自殺なのに、表向きは「不慮の事故」という処理をされてしまったのです。

確かに自殺者の遺族は、弔問に訪れた人たちからの、ある種の好奇の目に曝され、自殺が予見できなかったのか等の説明を求められることがあるので、公表することをためらいます。死者や遺族のプライバシーを守る必要もあると思います。しかし、葬儀については不慮の事故と言い張ることは学校側の配慮として理解できますが、本当の原因は部活顧問の体罰なのですから、当該中学校はもとより、さいたま市教育委員会や文部科学行政全体で共有すべき重大事件なのです。


■再発防止など無理だと思っている教育委員会

校長が体罰の事実を知っていたのに、それを放置したために生徒が自殺に追い込まれた。こういう問題が起こったとき、学校長や教育委員会など、責任ある立場の人たちは何とコメントするか。判で押したような言い訳が散見されます。みなさんも聞いたことがあるでしょう。

「今回のことは遺憾でなりません。二度と同様の問題が起こらないよう、指導を徹底します」
「関係者、遺族、学校の生徒のみなさんに、多大なご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「事実関係を調査した上で、十分な対処を検討します」

このような言葉を発すると、教育行政に関わる責任者のみなさんは、十分に反省したものと介されて、一件落着となり、この問題は処理されたことになります。あとはせいぜい自殺に追い込んだとされる顧問を定職・減給、校長には戒告・訓告処分です。なぜなら、生徒を直接殺した訳ではないからです。

実はこの3つの言葉の前に、隠れた言葉が入っているのです。この一文です。

「一連の対応に不手際はなかったと考えているが、」

そう、自殺に追い込んだ責任を痛感している訳でも、当該生徒や遺族に対して謝罪しているのではありません。

一連の対応は正しかったけれど、自殺が起こった事実については残念です」
一連の対応は正しかったけれど、関係者のみなさんに心配をかけたことについては謝罪します」
一連の対応は正しかったけれど、事実関係については調べてみます」

そして第三者委員会を設置して、数か月かけて調べ、事件の風化を図るのです。

教育委員会は、たまに真剣に取り組むことはあっても、「教育現場は多かれ少なかれ事故は起こるし、一定の割合で自殺はある。たまたま心の弱い生徒に、教諭が強く言ってしまったことで事件になった。関係者はある程度反省した態度を見せて、再発防止の会議を何度か開けば世間は忘れる」と考えてしまうものです。

つまり、一連の「再発防止セレモニー」を行うと、校長の責任を問われるだけだし、地域全体としては「学校を運営していれば、ある程度の自殺は起こる。セレモニーを行っても一定数の自殺は防げない」と考えます。それなら費用のかかる第三者委員会とか、複数の教員のスケジュールを抑えた再発防止のための会議を煩わしい考えれば、「不慮の事故」として上に報告する方が簡単なのです。


■どうすれば再発防止ができるのか

確かに若年者の自殺は一定数起こるし、いじめも体罰も本当に防ぐことなどできません。しかし、少なからず教育現場の不祥事を取材・研究してきた立場で私から再発防止策を提言させていただくとすれば、とにかく事実から目をそらす行為全般がいけません。

成人になると自殺の動機は多岐にわたりますが、中学校で起こる生徒の自殺の大半は、継続的なハラスメント行為によるものです。例えば同級生や先輩からのハラスメントは「いじめ」と呼びますが、同年代の人たちによるハラスメントは反撃するとか、不登校になるとか、親・教員・警察に告げ口するなどの退避行動がとれます。一方で、教員からのハラスメントは「体罰」などと呼びますが、知力・体力面では圧倒的な差がある教員からのハラスメントは逃げられません。現実に、今回の校長は、生徒のアンケートを受けて部活顧問に口頭注意するも、顧問の行動を見張るなどの再発防止策はしていません。
つまり、教育委員会や学校長が「再発防止のための指導をする」と記者会見で公言しても、それは実行力が伴うものではなく、「二度と起きないよう、現場は気をつけろ」と訓示を述べるだけです。

しかし、現場の教職員であれば、実は何らかの解決策を持っています。
実は今回のバドミントン部の顧問が述べていた言葉にヒントがあります。

やりたくておまえらの顧問やってるわけじゃねえ

今回の事件に見られるように、部活動に伴うハラスメントの元凶はここにあるのです。
公立中学校の部活動の顧問は、たいていは教員のボランティアだといわれています。残業手当が出るわけでもなく、休日出勤手当てなども極めて少額といわれています。それに加えて、経験のない教員が、やりたくもない競技の指導をしなければならないのです。教員が、プライベートな時間を犠牲にして部活動が成り立っているのです。
普通に大学を出て教員免許を取得しただけの、ごく一般的な教員であれば、運動科学や健康科学に基づいたスポーツ指導法や、個別の競技の指導法までカバーできません。それでも指導しなければならないとすれば、競技でミスをした生徒を批判し、言うことを聞かない者には有形力を行使することになります。それがエスカレートすると、精神的に追い込むような人格批判や暴力に発展するのです。

学校は、指導経験のない教員に、しかもボランティアで顧問を命じるのですから、指導内容に問題があってもボランティアの顧問を強く批判することなどできません。だって、「やりたくもない部活の顧問」なのですから、辞められては困るし、他の教員に引き継がせるのも大変です。

このような部活動の実態をきちんと検討し、本当に再発防止のための一手を打つとすれば、各教科の指導を専門としている教員に無理な顧問を依頼するのではなく、科学的なトレーニングを指導できる専門的な人材を顧問として雇い入れる道を本格的に検討すべきです。

近年の、スポーツ指導は、ただ走らせたり、無理なトレーニングをさせたり、炎天下でプレーさせたり、または怒鳴ったり、殴ったりするような根性主体の指導は避けて、スポーツ経験者や指導者経験の豊富な人材の下で科学的に行うことが望ましいとされているのです。
もちろん、新たに人を雇い入れるのですから、予算が必要で、財源の確保が必要です。
しかし、部活動に対して科学的に適切な指導を行う予算を割くことができないのであれば、もはや校長も教育委員会も「再発防止」などと口に出してはいけません。いつものように第三者委員会を設置して責任者追求セレモニーを行うだけなのか、それとも本当に再発防止となるよう、予算を計上してでも専門性の高い顧問を雇い入れるのでしょうか。

うまく機能すれば、教員は部活の顧問から解放され、学習指導に専念できる環境が整備されることになります。不幸にして亡くなった中1生徒の無念を晴らしていけるかどうか。さいたま市の改革を見届けていかなければなりません。


以前から「不適切」指摘 中1自殺で部活顧問(産経新聞2019.7.2)
以前から指摘「指導乱暴」、埼玉 中1自殺で部活顧問(東京新聞2019.7.2)

posted by まつもとはじめ at 18:08| 神奈川 ☁| Comment(0) | 自殺の予防 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月18日

「重大ないじめ」と認定されないといじめは放置される─大阪・吹田市いじめ事件

大阪府吹田市立小学校に通う小学5年の女児が1、2年生だった平成27年秋ごろから29年3月まで、同級生の複数の男児から暴行されるなどのいじめを受け、骨折や心的外傷後ストレス障害(PTSD)を負っていたことについて、吹田市が設置した第三者委員会が明らかにした件で、当該小学校の問題が報告書などによって明らかになってきました。

マスコミ報道では「教師が被害児童からのいじめ報告を放置した」とありますが、なぜ児童の被害申告を放置することになったのかを検討してみたいと思います。

■日本の学校教育は学習指導だけではなく、生活指導も求められる

「公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律」によれば、小学校における1学級あたりの児童は35人(1年生)または40人(2〜6年生)と定められていて、この学級には教諭1人が担任として割り当てられています。学校の規模にもよりますが、学校全体としては、学級数に対して1〜1.3倍程度の教諭がいれば充足するとされているので、ものすごく条件が良い場合で教諭1人当たり児童約30人、状況によっては40人に対して指導を行わなければなりません。
この人数に対して、主要科目について学習指導を行うほか、生活指導を通して生徒の健康や生活環境を整えていくのです。

児童の中には発達障害を抱えているとか、家庭の環境が悪いなど、様々な事情で学校生活に問題のある者がいることもあって、教諭は日々、あらゆる問題に対処しなければならない立場にあります。
40人の児童のうちのたった1人の児童が何らかの問題行動を起こしてしまうなら、教諭が聞き取り調査や解決に向かうための指導を行うことで解決するかもしれませんが、その問題の児童が2人、3人と増えてしまっていくとどうなるか。
ただでさえ学校は様々な行事のある施設ですから、対応しきれなくなってしまうのは想像に難くないと思います。


■吹田市の女児いじめ事件はなぜ放置・隠蔽されたのか

国は平成25年に「いじめ防止対策推進法」を施行し、平成29年に「いじめの防止等のための基本方針」が改定されると同時に、「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」が策定されました。
女児へのいじめは平成27年の秋から始まったとされていますから、学校が積極的にいじめ防止の対策を講ずるための法整備が行われているさなかの事件でした。


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「調査報告書(公表版)」吹田市いじめに係る重大事態調査委員会

報道によれば、被害女児が学校の複数回のアンケートに答え、いじめの事実を申告しているのにも関わらず、教諭が児童に具体的な内容を聴取しなかったことが報じられています。一方、吹田市による報告書によれば、そのアンケートを紛失・破棄したとあります。

これは何を意味するか。「いじめの事実を見つけてしまうと、仕事が膨大に増えるから、見なかったことにした」のでしょう。
第三者委員会によって当該教諭に聴取したところで、「大きなケガもないので、面倒な報告はしませんでした」などと正直に言うはずもありません。「忘れた」「うっかり破棄した」と回答してしまえば、教諭自身も上司も傷つきません。
もちろん、アンケート調査を実施・破棄した教諭の心の中までは見えないので、「ちょっとした意地悪や口げんかなどで教諭がいちいち介入しているときりがない」と判断したのでしょう。しかし、その放置が女児の骨折・PTSD・視力低下を招いたのです。


■傷害になって始めて認知される「重大事態」とは何か

吹田市は、いじめ防止対策推進法に基づき、基本方針を定めています。

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「吹田市いじめ防止基本方針」吹田市・吹田市教育委員会

この方針の中で、「重大事態」についての手続き等を定めた箇所があります。

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3 重大事態への対処
【参考】重大事態とは
一 いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき。
二 いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき。
<いじめ防止対策推進法第28条第1項>

(1) 重大事態の報告
重大事態が発生したときは、校長は速やかに教育委員会に報告し、教育委員会は市長に事態発生について報告するとともに、公平性・中立性を確保しながら調査を行います。
吹田市いじめ防止基本方針9ページより引用

この文言は、「状況に応じて適切に対処する」という意味だが、要するに「いじめにより死傷者が出た時、1か月以上の不登校があった時はきちんと調査せよ」という学校関係者への指示であって、これはつまり、「ケガや長期欠席がなければ対処しなくていい」という反対解釈が成り立ちます。

もちろん、再発防止のために第三者委員会を組織し、加害事実を確認するマニュアルとなっているから、かなり仰々しい手続きになります。仰々しい手続きだからこそ、学校長・副校長・教頭などが自発的にいじめ予防を促す効果が期待できるのですが、この方針が強ければ強いほど、学校内でいじめが起こると担任などは「指導力のない教諭」というレッテルを貼られることを恐れ、「少々のいじめは見なかったことにする」という隠蔽志向に変質していくのだと思います。


■本質的ないじめ防止は「業務の分担」「簡易な報告」「問題の顕在化」

我が国の学校は、生徒・児童をしっかりとコントロールできる教諭を「指導力が高い」と評価する傾向にあります。だから、どんな家庭環境にある子どもでも、指導力の高い教諭のもとにいれば、いじめも起こらないし、学ぶ意欲も向上するという建前です。だからその結果だけを手っとり早く得ようとすれば、生徒・児童の問題行動は、見なかったことにしてでもゼロにしなければなりません。しかし、いじめはどんな社会にでも存在します。そこで、死傷者が出るなど、「重大事態」に陥らないためには、小さないじめをひとつひとつ捉えていく必要があります。

◆教諭の業務を分担せよ
公立学校は、どうしても少ない予算の中で、限られたマンパワーの中で運営していかなければなりません。現場では、学習指導と生活指導を同時に行うのは、無理が生じやすく、いじめなどのイレギュラーな問題が生じた時に対応が困難になってしまいます。そこで、子どものメンタルに関わることも多い問題なのだから、臨床心理士などの専門資格を持つ人材をスクールカウンセラーとして常駐させ、生活指導上の問題については、カウンセラーの指導のもとでいじめ防止策を行うべきではないかと思います。

◆いじめ報告書は簡易なもので行う
今回、吹田市が公開したいじめ報告書は、32ページのものとなりました。今回は被害女児が骨折・PTSD・視力低下という重大事態に陥り、かつ放置・隠蔽などが大きく報じられたからこのような詳細のものになったのですが、学校生活で起こる、日々のいじめ等については、教諭の負担を軽減するためにも、200字程度で書き終えられる簡易な報告にとどめるべきです。詳細・厳格に報告するよう義務づけると、どうしても報告が遅くなったり、「事件なんて見なかった」ことにしがちだからです。

◆いじめは顕在化が最大の予防
多くのいじめ(大人の社会ではハラスメントとも呼びますね)は、人の見ていないところで起きます。
もし、軽微であってもいじめを発見した場合、傷害や不登校に至ってなくても、いじめが起こったと推測できる場合、教諭や学校関係者はどのようにすべきか。
まずは複数の大人が情報を共有した上で、「いじめは絶対に許さない」、「卑怯なことをする奴らは絶対に許さないし、それを口に出さない人も加害者をかばうことになるから許さない」と、毅然とした態度で宣言すべきなのです。

これでいじめを100%防止できるなんてことはありませんが、陰湿・執拗ないじめはかなり無くなるはずです。
posted by まつもとはじめ at 15:41| 神奈川 ☁| Comment(0) | いじめ問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする