2018年10月04日

なぜ文科大臣が教育勅語を語ってはいけないのか

教育勅語は悪くない。
なぜなら父母に孝行をつくし、兄弟姉妹仲良くせよと書いてあるのだから。

こう言って教育勅語を肯定する人がいるのは構わないけれど、文科大臣が言うと問題。だって三権のうちの行政の一部を担う立場の人だから。
文科大臣自身がわかっているのかどうか知らないけれど、教育勅語には「常に皇室典範並びに憲法を始め諸々の法令を尊重遵守し、万一危急の大事が起ったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家の為につくせ」とある部分が問題であります。

「法を守れ」というのはわかるけど、悲しいかな、時の権力者によって「悪法」が出来上がることがある。その悪法を根拠に、「危急の大事が起ったら一身を捧げて皇室国家の為につくせ」と言われた日には、そりゃあ、徴兵や侵略戦争に加担せよと命じられているのと同じと捉えられても仕方がない。

我が国は基本的には立法・行政・司法の三権が国をコントロールするが、敢えて立憲君主制として天皇制を維持しているのは、その三権が機能しない時に、長老や神に近いとされる神秘的な人が、神の言葉を代弁する機能を残しているものであって、その言葉は必要な時に超法規的な義務を国民に課すことができる機能がある。
具体的には震災時、天皇陛下が被災地へ赴いたり、TV放送で「今はつらくても国難を乗りこえよう」と国民へメッセージを送ることは、決して法的な効果はない。しかし、「陛下ががそうおっしゃるなら我慢しよう。もっと頑張ろう」と、国民を団結させたり、良識ある行動を取らせるための、神の言葉を発せられる地位があるから」だと思う。

明治に作られた教育勅語は、天皇の権力と三権が結びついてしまい、天皇の名の下に国民を戦争に駆り出し、戦火を招いてしまったともいえる。だから現憲法下では「三権と天皇は分けるべきだ」と考え、その当然の判断として、「文科省としては教育勅語には触れない」としている。

この一連の流れがわかっていない人は軽々しく「教育勅語のどこが悪い?」と発言してしまうのだが、残念ながら文科大臣は就任早々にワイルドピッチしてしまった感じがする。

https://news.tv-asahi.co.jp/news_politics/articles/000137625.html
posted by まつもとはじめ at 18:33| 神奈川 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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