2019年07月03日

中学1年生が自殺、部活の顧問「存在する意味あるのか」、「不慮の事故」と隠蔽する校長

埼玉県さいたま市立南浦和中学校で、バドミントン部に所属する1年生男子生徒が昨年8月26日、夏休み中の部活に向かう途中で自殺。それから1年近い時間をかけて、大きな問題に発展することになりました。

■生徒の自殺は部活顧問からの不適切な指導が原因

いくつかのマスコミが報道した情報によると、中1生徒はバドミントン部の男性顧問から、複数回に及ぶ不適切な指導を受けていたとあります。詳細についてはまだ調査中でわからないことが多いのですが、それでも「胸ぐらをつかむ」といった暴行の他、「頭が悪い」「やりたくておまえらの顧問やってるわけじゃねえ」「お前、存在する意味あるのか」といった人格を否定するような暴言が複数見られたとありました。


■部活顧問はリピーター教師だった

2018年5月、つまり、生徒が自殺してしまう3か月前、学校が行った体罰に関するアンケートで「当該部活顧問から胸ぐらをつかまれた」などの暴行に遭った生徒4人から被害報告がありました。一般に、スポーツの指導者は、少しばかり荒い指導をすることがあります。そのような指導であっても、生徒は「気合を入れてもらった」と前向きに解したり、自分のことを想っての熱血指導だと納得した上での厳しい指導を受け入れることもあるのですが、この学校で起こったのは、やはり理不尽な、行き過ぎた指導だったのでしょう。
「体罰の有無を問うアンケート」で、暴行や暴言を証言しているころから察すると、スポーツの指導という名目では限度を超えた理不尽な指導であったことが想像できます。このアンケートを受けて、顧問は保護者会で謝罪しつつ、その後も同じバドミントン部の指導を続けています。そして7月には保護者会から顧問の交代を要望されていたのにも関わらず、8月に生徒が自殺してもなお、年が明けた今春まで顧問だったといいます。
私たちはこうした体罰を繰り返す教師を「リピーター教師」と呼ぶことがありますが、教育の名の下に行う体罰は、優れた指導力と誤信してしまうことから起こります。そして厳しい指導という名の体罰がこの顧問のストレスの捌け口だったのではないでしょうか。


■校長の指導は「口頭注意」のみだった

報道によれば、昨年4月にアンケートで顧問の指導に体罰的な問題が発覚し、保護者会で謝罪するなどの騒動があってもなお、校長は口頭注意のみの指導で顧問の処遇を事実上放置し、その結果、中1生徒が自殺します。詳しい因果関係は不明とはいえ、学校長として人事権を有するはずの校長が、結果として問題を放置してしまったために、生徒を自殺に追い込んだといえます。


■校長は遺族に「不慮の事故ということに…」と、隠蔽を提案

自殺そのものは未然に防がなければなりませんが、起きてしまった以上は取り返しがつかないのですから、せめてそれはきちんと原因を究明し、再発防止のためにあらゆる手段を取るのが現在の我が国の教育現場です。そして情報を共有することが、再発防止の基本です。しかし、校長はあろうことか、遺族にこんな言葉をかけます。

「自殺という言い方をしてしまうと保護者会を開いて遺族が説明しなければならない。マスコミがたくさん押し寄せてきて、告別式がめちゃくちゃにされてしまう」

死因は部活顧問の体罰からの逃避行動と見られる自殺なのに、表向きは「不慮の事故」という処理をされてしまったのです。

確かに自殺者の遺族は、弔問に訪れた人たちからの、ある種の好奇の目に曝され、自殺が予見できなかったのか等の説明を求められることがあるので、公表することをためらいます。死者や遺族のプライバシーを守る必要もあると思います。しかし、葬儀については不慮の事故と言い張ることは学校側の配慮として理解できますが、本当の原因は部活顧問の体罰なのですから、当該中学校はもとより、さいたま市教育委員会や文部科学行政全体で共有すべき重大事件なのです。


■再発防止など無理だと思っている教育委員会

校長が体罰の事実を知っていたのに、それを放置したために生徒が自殺に追い込まれた。こういう問題が起こったとき、学校長や教育委員会など、責任ある立場の人たちは何とコメントするか。判で押したような言い訳が散見されます。みなさんも聞いたことがあるでしょう。

「今回のことは遺憾でなりません。二度と同様の問題が起こらないよう、指導を徹底します」
「関係者、遺族、学校の生徒のみなさんに、多大なご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「事実関係を調査した上で、十分な対処を検討します」

このような言葉を発すると、教育行政に関わる責任者のみなさんは、十分に反省したものと介されて、一件落着となり、この問題は処理されたことになります。あとはせいぜい自殺に追い込んだとされる顧問を定職・減給、校長には戒告・訓告処分です。なぜなら、生徒を直接殺した訳ではないからです。

実はこの3つの言葉の前に、隠れた言葉が入っているのです。この一文です。

「一連の対応に不手際はなかったと考えているが、」

そう、自殺に追い込んだ責任を痛感している訳でも、当該生徒や遺族に対して謝罪しているのではありません。

一連の対応は正しかったけれど、自殺が起こった事実については残念です」
一連の対応は正しかったけれど、関係者のみなさんに心配をかけたことについては謝罪します」
一連の対応は正しかったけれど、事実関係については調べてみます」

そして第三者委員会を設置して、数か月かけて調べ、事件の風化を図るのです。

教育委員会は、たまに真剣に取り組むことはあっても、「教育現場は多かれ少なかれ事故は起こるし、一定の割合で自殺はある。たまたま心の弱い生徒に、教諭が強く言ってしまったことで事件になった。関係者はある程度反省した態度を見せて、再発防止の会議を何度か開けば世間は忘れる」と考えてしまうものです。

つまり、一連の「再発防止セレモニー」を行うと、校長の責任を問われるだけだし、地域全体としては「学校を運営していれば、ある程度の自殺は起こる。セレモニーを行っても一定数の自殺は防げない」と考えます。それなら費用のかかる第三者委員会とか、複数の教員のスケジュールを抑えた再発防止のための会議を煩わしい考えれば、「不慮の事故」として上に報告する方が簡単なのです。


■どうすれば再発防止ができるのか

確かに若年者の自殺は一定数起こるし、いじめも体罰も本当に防ぐことなどできません。しかし、少なからず教育現場の不祥事を取材・研究してきた立場で私から再発防止策を提言させていただくとすれば、とにかく事実から目をそらす行為全般がいけません。

成人になると自殺の動機は多岐にわたりますが、中学校で起こる生徒の自殺の大半は、継続的なハラスメント行為によるものです。例えば同級生や先輩からのハラスメントは「いじめ」と呼びますが、同年代の人たちによるハラスメントは反撃するとか、不登校になるとか、親・教員・警察に告げ口するなどの退避行動がとれます。一方で、教員からのハラスメントは「体罰」などと呼びますが、知力・体力面では圧倒的な差がある教員からのハラスメントは逃げられません。現実に、今回の校長は、生徒のアンケートを受けて部活顧問に口頭注意するも、顧問の行動を見張るなどの再発防止策はしていません。
つまり、教育委員会や学校長が「再発防止のための指導をする」と記者会見で公言しても、それは実行力が伴うものではなく、「二度と起きないよう、現場は気をつけろ」と訓示を述べるだけです。

しかし、現場の教職員であれば、実は何らかの解決策を持っています。
実は今回のバドミントン部の顧問が述べていた言葉にヒントがあります。

やりたくておまえらの顧問やってるわけじゃねえ

今回の事件に見られるように、部活動に伴うハラスメントの元凶はここにあるのです。
公立中学校の部活動の顧問は、たいていは教員のボランティアだといわれています。残業手当が出るわけでもなく、休日出勤手当てなども極めて少額といわれています。それに加えて、経験のない教員が、やりたくもない競技の指導をしなければならないのです。教員が、プライベートな時間を犠牲にして部活動が成り立っているのです。
普通に大学を出て教員免許を取得しただけの、ごく一般的な教員であれば、運動科学や健康科学に基づいたスポーツ指導法や、個別の競技の指導法までカバーできません。それでも指導しなければならないとすれば、競技でミスをした生徒を批判し、言うことを聞かない者には有形力を行使することになります。それがエスカレートすると、精神的に追い込むような人格批判や暴力に発展するのです。

学校は、指導経験のない教員に、しかもボランティアで顧問を命じるのですから、指導内容に問題があってもボランティアの顧問を強く批判することなどできません。だって、「やりたくもない部活の顧問」なのですから、辞められては困るし、他の教員に引き継がせるのも大変です。

このような部活動の実態をきちんと検討し、本当に再発防止のための一手を打つとすれば、各教科の指導を専門としている教員に無理な顧問を依頼するのではなく、科学的なトレーニングを指導できる専門的な人材を顧問として雇い入れる道を本格的に検討すべきです。

近年の、スポーツ指導は、ただ走らせたり、無理なトレーニングをさせたり、炎天下でプレーさせたり、または怒鳴ったり、殴ったりするような根性主体の指導は避けて、スポーツ経験者や指導者経験の豊富な人材の下で科学的に行うことが望ましいとされているのです。
もちろん、新たに人を雇い入れるのですから、予算が必要で、財源の確保が必要です。
しかし、部活動に対して科学的に適切な指導を行う予算を割くことができないのであれば、もはや校長も教育委員会も「再発防止」などと口に出してはいけません。いつものように第三者委員会を設置して責任者追求セレモニーを行うだけなのか、それとも本当に再発防止となるよう、予算を計上してでも専門性の高い顧問を雇い入れるのでしょうか。

うまく機能すれば、教員は部活の顧問から解放され、学習指導に専念できる環境が整備されることになります。不幸にして亡くなった中1生徒の無念を晴らしていけるかどうか。さいたま市の改革を見届けていかなければなりません。


以前から「不適切」指摘 中1自殺で部活顧問(産経新聞2019.7.2)
以前から指摘「指導乱暴」、埼玉 中1自殺で部活顧問(東京新聞2019.7.2)

posted by まつもとはじめ at 18:08| 神奈川 ☁| Comment(0) | 自殺の予防 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月18日

「重大ないじめ」と認定されないといじめは放置される─大阪・吹田市いじめ事件

大阪府吹田市立小学校に通う小学5年の女児が1、2年生だった平成27年秋ごろから29年3月まで、同級生の複数の男児から暴行されるなどのいじめを受け、骨折や心的外傷後ストレス障害(PTSD)を負っていたことについて、吹田市が設置した第三者委員会が明らかにした件で、当該小学校の問題が報告書などによって明らかになってきました。

マスコミ報道では「教師が被害児童からのいじめ報告を放置した」とありますが、なぜ児童の被害申告を放置することになったのかを検討してみたいと思います。

■日本の学校教育は学習指導だけではなく、生活指導も求められる

「公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律」によれば、小学校における1学級あたりの児童は35人(1年生)または40人(2〜6年生)と定められていて、この学級には教諭1人が担任として割り当てられています。学校の規模にもよりますが、学校全体としては、学級数に対して1〜1.3倍程度の教諭がいれば充足するとされているので、ものすごく条件が良い場合で教諭1人当たり児童約30人、状況によっては40人に対して指導を行わなければなりません。
この人数に対して、主要科目について学習指導を行うほか、生活指導を通して生徒の健康や生活環境を整えていくのです。

児童の中には発達障害を抱えているとか、家庭の環境が悪いなど、様々な事情で学校生活に問題のある者がいることもあって、教諭は日々、あらゆる問題に対処しなければならない立場にあります。
40人の児童のうちのたった1人の児童が何らかの問題行動を起こしてしまうなら、教諭が聞き取り調査や解決に向かうための指導を行うことで解決するかもしれませんが、その問題の児童が2人、3人と増えてしまっていくとどうなるか。
ただでさえ学校は様々な行事のある施設ですから、対応しきれなくなってしまうのは想像に難くないと思います。


■吹田市の女児いじめ事件はなぜ放置・隠蔽されたのか

国は平成25年に「いじめ防止対策推進法」を施行し、平成29年に「いじめの防止等のための基本方針」が改定されると同時に、「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」が策定されました。
女児へのいじめは平成27年の秋から始まったとされていますから、学校が積極的にいじめ防止の対策を講ずるための法整備が行われているさなかの事件でした。


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「調査報告書(公表版)」吹田市いじめに係る重大事態調査委員会

報道によれば、被害女児が学校の複数回のアンケートに答え、いじめの事実を申告しているのにも関わらず、教諭が児童に具体的な内容を聴取しなかったことが報じられています。一方、吹田市による報告書によれば、そのアンケートを紛失・破棄したとあります。

これは何を意味するか。「いじめの事実を見つけてしまうと、仕事が膨大に増えるから、見なかったことにした」のでしょう。
第三者委員会によって当該教諭に聴取したところで、「大きなケガもないので、面倒な報告はしませんでした」などと正直に言うはずもありません。「忘れた」「うっかり破棄した」と回答してしまえば、教諭自身も上司も傷つきません。
もちろん、アンケート調査を実施・破棄した教諭の心の中までは見えないので、「ちょっとした意地悪や口げんかなどで教諭がいちいち介入しているときりがない」と判断したのでしょう。しかし、その放置が女児の骨折・PTSD・視力低下を招いたのです。


■傷害になって始めて認知される「重大事態」とは何か

吹田市は、いじめ防止対策推進法に基づき、基本方針を定めています。

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「吹田市いじめ防止基本方針」吹田市・吹田市教育委員会

この方針の中で、「重大事態」についての手続き等を定めた箇所があります。

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3 重大事態への対処
【参考】重大事態とは
一 いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき。
二 いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき。
<いじめ防止対策推進法第28条第1項>

(1) 重大事態の報告
重大事態が発生したときは、校長は速やかに教育委員会に報告し、教育委員会は市長に事態発生について報告するとともに、公平性・中立性を確保しながら調査を行います。
吹田市いじめ防止基本方針9ページより引用

この文言は、「状況に応じて適切に対処する」という意味だが、要するに「いじめにより死傷者が出た時、1か月以上の不登校があった時はきちんと調査せよ」という学校関係者への指示であって、これはつまり、「ケガや長期欠席がなければ対処しなくていい」という反対解釈が成り立ちます。

もちろん、再発防止のために第三者委員会を組織し、加害事実を確認するマニュアルとなっているから、かなり仰々しい手続きになります。仰々しい手続きだからこそ、学校長・副校長・教頭などが自発的にいじめ予防を促す効果が期待できるのですが、この方針が強ければ強いほど、学校内でいじめが起こると担任などは「指導力のない教諭」というレッテルを貼られることを恐れ、「少々のいじめは見なかったことにする」という隠蔽志向に変質していくのだと思います。


■本質的ないじめ防止は「業務の分担」「簡易な報告」「問題の顕在化」

我が国の学校は、生徒・児童をしっかりとコントロールできる教諭を「指導力が高い」と評価する傾向にあります。だから、どんな家庭環境にある子どもでも、指導力の高い教諭のもとにいれば、いじめも起こらないし、学ぶ意欲も向上するという建前です。だからその結果だけを手っとり早く得ようとすれば、生徒・児童の問題行動は、見なかったことにしてでもゼロにしなければなりません。しかし、いじめはどんな社会にでも存在します。そこで、死傷者が出るなど、「重大事態」に陥らないためには、小さないじめをひとつひとつ捉えていく必要があります。

◆教諭の業務を分担せよ
公立学校は、どうしても少ない予算の中で、限られたマンパワーの中で運営していかなければなりません。現場では、学習指導と生活指導を同時に行うのは、無理が生じやすく、いじめなどのイレギュラーな問題が生じた時に対応が困難になってしまいます。そこで、子どものメンタルに関わることも多い問題なのだから、臨床心理士などの専門資格を持つ人材をスクールカウンセラーとして常駐させ、生活指導上の問題については、カウンセラーの指導のもとでいじめ防止策を行うべきではないかと思います。

◆いじめ報告書は簡易なもので行う
今回、吹田市が公開したいじめ報告書は、32ページのものとなりました。今回は被害女児が骨折・PTSD・視力低下という重大事態に陥り、かつ放置・隠蔽などが大きく報じられたからこのような詳細のものになったのですが、学校生活で起こる、日々のいじめ等については、教諭の負担を軽減するためにも、200字程度で書き終えられる簡易な報告にとどめるべきです。詳細・厳格に報告するよう義務づけると、どうしても報告が遅くなったり、「事件なんて見なかった」ことにしがちだからです。

◆いじめは顕在化が最大の予防
多くのいじめ(大人の社会ではハラスメントとも呼びますね)は、人の見ていないところで起きます。
もし、軽微であってもいじめを発見した場合、傷害や不登校に至ってなくても、いじめが起こったと推測できる場合、教諭や学校関係者はどのようにすべきか。
まずは複数の大人が情報を共有した上で、「いじめは絶対に許さない」、「卑怯なことをする奴らは絶対に許さないし、それを口に出さない人も加害者をかばうことになるから許さない」と、毅然とした態度で宣言すべきなのです。

これでいじめを100%防止できるなんてことはありませんが、陰湿・執拗ないじめはかなり無くなるはずです。
posted by まつもとはじめ at 15:41| 神奈川 ☁| Comment(0) | いじめ問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月14日

小学生がYoutuberとなって不登校宣言を行ったことについて

史上最長のゴールデンウィークが明け、日本のあちこちで若者が自殺したというニュースが駆けめぐりました。
これら自殺の原因はいじめであったり、学力不振、学校の雰囲気になじめなかったなど、様々な理由が想像できますが、やはり長期間の休暇が明けて、いざ学校へ行くとなると憂鬱な気持ちになってしまうのでしょう。自殺まではいかなくても、不登校も増えます。

児童や生徒が不登校になった時、もし自殺するリスクがあるというなら、無理に学校へ行かせるべきではありません。また、学校生活に楽しみを見出せなくなった児童・生徒は、自分よりも劣っている者を見つけて、いじめる側に回ることもある。そんな状態に陥るくらいなら、学校なんか行かない方がいい。だから、学校なんか行かなくてもいいじゃないかと不登校を支持する意見も多いと思います。

しかし、それはあくまで目先の問題を先送りにするだけの対症療法であって、自殺リスクを回避する一方で、学校に通わないということは、学ぶ機会を失うのだから、登校している生徒に比べ「学力の低下」という、別のリスクを伴うことになります。

そんな中、沖縄県の小学校に在籍する、ゆたぼんと呼ばれる10歳の小学5年生が、学校に行くことを拒否し、Youtuberとして生きていくことを宣言した動画が話題になっています。
義務教育中の、しかもまだ10歳の小学生が、学校での学びを拒否し、動画を配信するという事態に、新聞やテレビなど、マスコミが取り上げて、子どもの自立を促すとか、新しい子育て法とか、既存の学校教育に捕らわれない生き方として称賛される一方、ネットでは子どもを甘やかしすぎとか、父親が子どもをだしにして商売をしている、10歳の子どもが自らの生き方を決定するのは異常など、賛否が問われています。

この状況について、マスメディアやネットの情報だけを収集して、私が是非を述べるのはどうかとは思いますが、こうした不登校問題の考え方を示しておきたいと思います。

憲法や法律に書かれた義務教育のあり方

日本国憲法
第26条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。


学校教育法
第17条 保護者は、子の満6歳に達した日の翌日以後における最初の学年の初めから、満12歳に達した日の属する学年の終わりまで、これを小学校、義務教育学校の前期課程又は特別支援学校の小学部に就学させる義務を負う。ただし、子が、満12歳に達した日の属する学年の終わりまでに小学校の課程、義務教育学校の前期課程又は特別支援学校の小学部の課程を修了しないときは、満15歳に達した日の属する学年の終わり(それまでの間においてこれらの課程を修了したときは、その修了した日の属する学年の終わり)までとする。
A 保護者は、子が小学校の課程、義務教育学校の前期課程又は特別支援学校の小学部の課程を修了した日の翌日以後における最初の学年の初めから、満15歳に達した日の属する学年の終わりまで、これを中学校、義務教育学校の後期課程、中等教育学校の前期課程又は特別支援学校の中学部に就学させる義務を負う。
B 前二項の義務の履行の督促その他これらの義務の履行に関し必要な事項は、政令で定める。

第144条 第17条第1項又は第2項の義務の履行の督促を受け、なお履行しない者は、10万円以下の罰金に処する。


これがいわゆる「義務教育」の根拠条文です。保護者は、子どもを学校教育法上の小学校・中学校に就学させる義務を負っていて、それに従わなければ督促の後に10万円以下の罰金という罰則規定まで設けてあるのです。つまり、条文を杓子定規に適用すれば、親は子どもが6歳になったところで、学校教育法上の小学校へ就学させる義務があり、親の教育方針でフリースクールに行かせるとか、インターナショナルスクールへ進学させるといったことは許されません。ただし、それは建前で、病弱や発育不完全やその他の事情で就学できない場合については、就学義務を免除される旨の条文もあります。

学校教育法
第18条 前条第一項又は第二項の規定によつて、保護者が就学させなければならない子(以下それぞれ「学齢児童」又は「学齢生徒」という。)で、病弱、発育不完全その他やむを得ない事由のため、就学困難と認められる者の保護者に対しては、市町村の教育委員会は、文部科学大臣の定めるところにより、同条第一項又は第二項の義務を猶予又は免除することができる。


つまり、ただ勉強したくないという不登校も、フリースクール等の代替教育施設を選ぶことも、積極的に外国語教育を行うためのインターナショナルスクール等のいずれを選んだとしても、子どもの就学義務を果たしていることにはならないものの、「既存の学校教育が合わない」とか、「もっと適切な教育を受けさせたい」など、何らかの理屈をつけさえすれば、保護者は学校教育法上の義務を果たさなくても構わないという状況です。だから、児童虐待が疑われる場合を除き、まず刑事罰の対象にはなりません。

不登校から起業して立派な経営者になった人もいれば、最高峰の大学を出ても犯罪者になった人たちもいるように、教育を受けようがうけまいが、親が納得し、子どもも望むのであれば、敢えて普通の教育を受けない選択も批判すべきではありません。

しかし、日本の公教育は、子どもを学ぶ環境に置き、学習指導要領に従った体系的な授業を受けることができ、他人とのコミニュケーションを図ることで非認知能力(忍耐力・社会性・感情コントロール)を育むことができます。諸外国と比べて優れている訳でもなければ、きめの細かい教育が行われている訳ではありませんが、平日の大半をこうした環境に置くことで、社会に適合した人格形成を行っていくことができるという利点があります。また、我が国の公立の小中学校においては、授業料は無償とされているのですから、コストパフォーマンスの点から見ても、通わせるべき教育施設であると思っています。

でも、就学することが困難というのであれば、不登校もやむを得ません。


転居先においても就学困難なのか

問題の10歳のYoutuberゆたぼん氏は、大阪に住んでいた時、通っている小学校の教師が必要以上に宿題を課したり、居残り勉強をさせたり、不当な体罰があったという説明をしています。仮に彼の言う通り、問題の多い小学校であったとしても、それは大阪に住んでいた時の状況であって、今は沖縄在住です。沖縄の小学校も同様だったのでしょうか。それとも沖縄であれば、のんびりした環境だから、あまりうるさく言われなかったのかもしれませんが、保護者が現地で就学させる可能性を模索したのかが疑問です。
あくまで一般論としてでしかいえませんが、転居先の小学校にきちんと相談すべきだったではないでしょうか。

脳科学者の茂木健一郎氏はこの少年について、「学校に行くだけがすべてじゃない」とエールを送っています。確かに、学校へ行けない子どもに無理強いするのは良くないという意味では私も同意見です。だけど、学校へ行くことによって得られる知識や人間関係など、可能性を最初から否定してしまうのはどうかと思うのです。


アメリカのホームスクーリングを参考にすべきか

アメリカは、小学校を追われたトーマス・エジソンに対し、母親が自宅で教育したことでも知られるように、個々人の能力や状況に応じ、学校以外の場所で初等・中等教育を行うことが許されています。このホームスクーリングは、家族や家庭教師によって、自宅で学習させるという、学校教育を代替する制度です。教材を使って勉強する以外に、とりあえず机に向かうとか、絵本を読み聞かせるとか、生活の中で体験する様々な活動をレポートとして提出し、それを単位として認定し、小中学校を卒業したものとしてみなす制度です。これらは悪い制度ではありませんが、そもそも教師の代わりとなるになるはずの家族が適切に指導できるかという点が疑問です。全米でこの制度が導入されたのは、個々にあった適切な教育を施すというよりも、学校へ行かない子どもたちが犯罪に巻き込まれたり、ギャングに入らせないため、保護者などの大人が子どもから目を離さないための施策なのです。
確かに「アメリカでは学校へ行かなくても自宅で勉強させるのはよくあることだ」と、自由で明るい印象はありますが、実は「不登校には常に犯罪リスクと、低学歴・低学力の子どもが大人になっても定職に就けないというリスクも同時に存在する」ことを理解しなければいけないのです。


ゆたぼん氏を讃える人、批判する人

子どもが小学校へ行かず、Youtuberとして活動していることについて、私は彼の未来が想像できません。
学校へ行かなかった人でも、きちんと職に就いている人や、起業して立派な経営者になっているケースもあれば、まともな職にありつくことができず、学歴不問の違法スレスレの職にしか就けない人もいるためです。
前者を想像している人は讃え、後者を想像する人は批判するのです。
Youtuberの業界についていえば、うまくやれる人は莫大な金が稼げるけれど、うまくやれない人は無茶な動画を作成して炎上して初めて閲覧されるという過酷な業界です。やはり、個性的な動画を作成する一方で、学校の勉強は人並みにこなしておくというのが、普通の大人の無難なアドバイスではないでしょうか。


子どもが学校をやめたいと言った時、親はどうすべきか

もしみなさんの子どもがゆたぼん氏と同じような状況で、「学校へ行きたくない」と言い出したら、どうすべきなのでしょうか。
ゆたぼん氏は、Youtubeというお金を稼ぐツールを得ているから、一種の職業訓練になっているともいえるのですが、やはり親としては法律上の就学義務を果たすために、公教育を受けさせる努力はすべきです。
まずは子どもとしっかり話し合うべきだと思います。学校へ行きたくない理由が、学力低下による教師との関係が原因なのであれば、親は教師と話し合って、解決策を模索すべきです。我が子の学力低下が教師の指導力によるものなのか、それとも子どもに発達障害のようなものがあるのかなど、スクールカウンセラーや学校長を巻き込んで、見極めなければならないと思います。
もちろん、本人が嫌がっているのに、無理に就学させてもPTSDを受けたり、ストレスから自傷行為などを起こすような状況なら、近隣の学校へ転校させたり、フリースクールやサポート校への転校も検討すべきかと思います。ただ、フリースクールやサポート校は授業料が高いケースもありますから、経済状態が悪いのなら、せめて安価な学習塾など、国語や算数などの一部の学習を補助してもらうくらいの学習機会を検討すべきです。


不登校の問題は、どうしても学力が低下してしまうことにあります。児童が成長し、学びの必要性を感じ、心機一転して学ぼうと思っても、そもそも基礎学力が低いと学ぶモチベーションを維持できません。その結果、何をやっても、どこへ行っても何もできない状況に陥ってしまうのです。そして企業などは、学習経験のしっかりした人の方が、より多くの仕事を正確かつ短時間にこなすことができるという経験則を持っているため、一定の学歴を持っている人の方が採用されやすいのです。つまり、学校へ行かないとか、学習経験を積まないと、将来の選択肢の幅が狭くなってしまうのです。

自殺するくらいなら学校へは行かない方がいい。自分の好きなことで生きていきたい。
この言葉は一理あります。
でも、フランスの哲学者「ヴォルテール」は『その年齢の知恵を持たない者は、その年齢のすべての困苦を持つ』と述べたように、皆が学んでいることを自分だけが学んでいないことによって、様々な問題が生じます。こうしたリスクを理解した上で、どの道をどう選ぶかは、子どもと親の話し合いで決めていくべきかと思います。

posted by まつもとはじめ at 08:14| 神奈川 ☁| Comment(0) | 不登校問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月24日

橘学苑の教員大量退職問題について

学校法人橘学苑(横浜市鶴見区)が運営する中高一貫校で、非常勤の教員が大量に退職している問題で、私もマスコミからコメントを求められました。フジテレビの「とくダネ」の報道を頼りに、ちょっと調べてみました。

「とくダネ」によれば、「新聞やテレビで6年間で120人が退職した」と報じられている一方、4月13日の保護者会では、「実際に辞めたのは6年間で63人」と説明。63人という情報が正しいとして、その退職者のうち他の学校や企業に採用が22人、本人の希望21人、家庭の事情12人、任期満了6人…といった感じだそうです。

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また、この学校は、中高一貫の学校なので、中学3年と高校3年のあわせて6年間の課程です。ここに900人の生徒がいて、教員数は80人とのことでした。
「教員の数は充足しているのか」という問題に対しては、中学校設置基準と高等学校設置基準によれば、生徒40人に1人の教諭がいればよく、法的には23人で満たすので、若干の誤差が生じたとしても、正規が40人、非正規40人、あわせて80人の教員がいるのですから、違法ではありません。

中学・高校の設置基準では、正規の教員のことを「教諭」、非正規の教員のことを「助教諭」や「講師」と呼びますが、今回の問題はその非正規教員の講師が、非常勤のまま雇用され、5年たったら正規雇用を求める権利を有するはずなのに任期満了として解雇されるという状況が問題といったところでしょうか。学校側は「任期満了は6人」と説明していますが、非正規講師として採用されたはいいけれど、先輩講師を見て、正規雇用の道は険しいと思っているからこそ、他の学校に移ったり、一般企業に転職するのではないでしょうかね。「非正規じゃ嫌だからやめる」という主張だって、見方を変えれば「本人の希望」だろうし、結婚や介護でやめる「家庭の事情」だって、給料が低いとか不安定じゃ結婚も介護も大変になるじゃないですか。
また、大学でも非常勤講師が実質的に大学教育をまかなっている例がたくさんあるように、「非正規からの正規雇用」というニンジンをぶら下げて、ブラックな学校運営を講師にまかせていて、給料やキャリアには反映されない学校行事に動員されていて、「はい、任期満了で退職願います」なんて言われて頭に来る先生もいそうですよね。

橘学苑がこのような状況かどうかはわかりませんが、保護者説明会で一方的に小岩利夫校長が閉会を打ち出すところを見ると、なんとなく理事長の意向が見え隠れします。そう、私学の校長って、実は経営側、つまり理事長には逆らえない関係にあります。ワンマン経営でセクハラ・パワハラが横行した大学がいくつもやり玉に挙がってきましたよね。
そして橘学苑は、創設者の子孫と思われる、土光陽一郎理事長が同校のトップを務めています。この方が、どういう方針で学校経営をしているのかは存じませんが、私が見てきた「しくじり学園」の多くは、同族経営だったり、学校の宣伝のためにクラブ活動に注力したり、偏差値の低さをごまかすために特別進学クラスを設けたり、スポーツで目立つことを考えてプロの指導者を厚遇したりと、まるでコピペのような学校運営になりがちです。

しかし、教育現場にいる人たちは、やはり生徒の日々の学習を支えることを大切にします。光の当たるスポーツ推薦組や特別進学クラスではなく、成績はトホホだけどまじめな生徒が大多数な訳で、そんな生徒たちにしっかりと勉強できるように指導するのが学校の本分だと思うのです。おそらく、生徒に寄り添ってがんばっていた先生が、正規雇用の道を断念したことを残念に思った生徒や保護者が声を上げたのではないでしょうか。

だってそうでしょう?
現場で良い仕事をしている人が、学校や社会をより良くしようとして生徒を指導していた人が報われない社会ってどうですか。
「どんな先生でもいい」、「安かろう悪かろうでもいい」と思うなら、わざわざ金と手間をかけて私学に通わせますかね。

また、校長が「私立学校なので私が判断した」と述べていたりもしました。誰を雇い、どういう教育方針で行き、誰を解雇するかの自由は確かに学校側・経営側にあります。私学なんだから、不服なら学校をやめればいいということなのでしょう。
しかし、説明責任はあるでしょう。なぜならそこらへんの私塾ではないのです。学校教育法の一条校なのです。学校法人は税制上優遇されているし、私学助成金も給付されているのです。経済的に困窮している生徒は就学支援金を使って入学するのだから、実質的な学校の予算は税金でまかなわれていると言っても過言ではありません。

非正規雇用が悪いとはいいません。しかし、非正規雇用するなら、先生たちに5年後のキャリアをしっかり組み立てさせてあげなければ、結局、ブラック企業と同じ構造になってしまうじゃないですか。生活に不安を抱えたまま、高度な仕事をさせられるという姿を、生徒たちに見せていいのですか。

あと、東京福祉大学などで有名になったワンマン・同族経営にありがちなのは、家族を雇用したり、腰巾着みたいな人を厚遇したり、セクハラのターゲットに正規雇用のエサをぶらさげたりと、やりたい放題の経営方針もあります。

橘学苑に何が起こったのかは私はわかりませんが、学校側はしっかりと説明し、教育者といっても間違うことはあるのですから、改めるべきところは改めるべきだと思います。



中学校設置基準(平成十四年三月二十九日文部科学省令第十五号)
 (一学級の生徒数)
第四条 一学級の生徒数は、法令に特別の定めがある場合を除き、四十人以下とする。ただし、特別の事情があり、かつ、教育上支障がない場合は、この限りでない。

 (教諭の数等)
第六条 中学校に置く主幹教諭、指導教諭及び教諭(以下この条において「教諭等」という。)の数は、一学級当たり一人以上とする。
2 教諭等は、特別の事情があり、かつ、教育上支障がない場合は、校長、副校長若しくは教頭が兼ね、又は助教諭若しくは講師をもって代えることができる。
3 中学校に置く教員等は、教育上必要と認められる場合は、他の学校の教員等と兼ねることができる。


高等学校設置基準(平成十六年文部科学省令第二十号)
(教諭の数等)
第八条 高等学校に置く副校長及び教頭の数は当該高等学校に置く全日制の課程又は定時制の課程ごとに一人以上とし、主幹教諭、指導教諭及び教諭(以下この条において「教諭等」という。)の数は当該高等学校の収容定員を四十で除して得た数以上で、かつ、教育上支障がないものとする。
2 教諭等は、特別の事情があり、かつ、教育上支障がない場合は、助教諭又は講師をもって代えることができる。


教員大量退職で神奈川県が調査へ 横浜の私立中高一貫校 産経2019.4.17 18:41
 横浜市鶴見区の学校法人橘学苑が運営する中高一貫校で非正規雇用の教員が大量退職している問題で、神奈川県の黒岩祐治知事は17日の記者会見で、学苑に県職員を派遣して雇い止めなどがなかったかどうかを調べると明らかにした。
 学苑の説明では昨年度までの6年間で常勤、非常勤講師63人が退職している。大量退職についての報道を受けて県が学苑に確認したところ、「ここ数年で一定の退職者が出ているが、新たな雇用も行っている」との回答があった。
 生徒の保護者からは学校の収益に不明瞭な点があるとの情報も県に寄せられているといい、黒岩知事は「どういう実態があるか調査していきたい」と述べた。


posted by まつもとはじめ at 06:37| 神奈川 ☁| Comment(5) | 教育問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月28日

京都造形芸術大学に起きたハラスメント訴訟について

京都の美術大学で、卒業生が出席した公開講座で、性暴力や児童ポルノを題材に授業が行われた。
参加した女性がこのような授業はセクシュアルハラスメントであるとして提訴したというこの事件。
私は取材者ではなく、報道ベースでしか知らないので、この3つの記事を読んだ感想を述べたいと思う。

■性暴力や児童ポルノを題材に…大学の公開講座を「セクハラ」と提訴!美術モデルが怒りの会見
■「会田誠さんらの講義で苦痛受けた」女性受講生が「セクハラ」で京都造形大を提訴
■会田誠氏らにゲスト講義で自慰写真など見せられ「セクハラ受けた」 美術モデルの女性が提訴

まず、記事によると、この授業は公開講座であって、学位や卒業を目指す学生が卒業に必要な単位を修得する目的で受講するものではありません。あくまで、教養として、あるいは趣味として受講するものです。今回、講師として批判されている会田誠さんの作品は、エロすぎるもの、グロすぎるものが多いと聞いています。私は今回初めて知ったので、どの程度の知名度かは存じませんが、会田誠氏が講師であることを事前に告知されているのであれば、「ああいうポルノじみた作品を題材にするのだろう」という想像はできるのだから、現実にそのような題材・教材を用いて授業が行われても仕方がないものだと思っています。
まして美術大学における授業という位置づけならば、第一線の芸術家が行うのですから、エロであろうとグロであろうと、刑事法的には猥褻とされるものであっても、あくまでそれらの作品を題材にした学問なのだから仕方ありません。嫌なら受けなければいいし、授業を受けてから気づいたのであれば教室から出るべきだったのではないかとも思います。

これに類するものとして、例えば医学部の授業。患部の映像や手術の見学・実習などでは、例外なく、見たくもない場面を見なければなりません。法医学なら腐乱した死体もある。法学部では強制性交の罪に当たる事件を研究することもある。生物学などではヒトや動物の排泄物を研究するからそのような画像を資料として公開することもあるでしょう。そして美術大学で裸体を描くのであれば、局部をあらわにした裸の男女を見ることになるし、ポルノと評価されるものも教材として使うと講師が判断したのなら、その方針に従うべきです。

大学の授業である以上、そしてどんな授業であるかはあらかじめわかっている以上、どんな授業を行うかの選択は大学が招聘した講師の考え方次第で自由であるべきだし、卒業に関わる授業でないのならなおさらで、いちいち「不適切」と述べてしまうと、自由な芸術活動も研究もできません。したがって、上記の記事を読んだだ感想として、私は女性の請求は棄却されるべきだと思います。

しかし、私はその授業を受けていませんから、実は必要以上に猥褻な表現があったとか、ネットで拾ってきた児童ポルノ画像を使って性的欲求を満たすような授業だったとか、不快な顔をする女性を見て講師が喜んでいたなんて事実が出てくるかもしれません。要は程度問題だと思います。記事を読んだだけの私は、その「程度」がわからない以上、これ以上の言及はできず、その授業の一部始終を映像で見せられたとしても、結局は人それぞれのとらえ方次第だと思います。私は男性だから、女性が考えるセクシュアルハラスメントとはとらえ方が違うので、何とも申し上げることはできません。不愉快に思われたらすみません。



■大学のハラスメント対応窓口はきちんと対応したのか

一方で、大学のハラスメント対応を行う窓口は機能したのか、私はそこに興味を持ちます。

記事によれば、原告の女性は大学のハラスメント窓口に苦情を申し立てたとあります。

仮に担当講師が、いわゆる本当のセクハラおじさんだったと仮定しましょう。ゼミの女子学生には片端から手を出して、単位と引き換えに性的な行為を求めるような人が、女子学生によからぬことをやったとします。今回の場合、芸術とは名ばかりの、本当に不適切な教材を使って、多くの女性が羞恥心を抱くような猥褻な表現を繰り返して、本当に女性を不快にさせていたと仮定します。

ハラスメント窓口は、受講生がわざわざ通報してきたのですから、問題を起こす講師が、大学側の知らないところでヤバい授業を行っていたものと仮定して調査し、問題を関係者で共有し、限度を超えたものならば当該講師を処分しなければなりません。
しかし、記事を見る限りでは、大学のハラスメント窓口は原告女性の主張をスルーしていたように受け留められます。
なぜなら、当の会田氏は「寝耳に水」と表現しています。




大学のハラスメント窓口は、被害者とされる学生の側に立って、学生間のいじめや教授からの不当な扱いなどの通報を受け付けて、調査し、裏付けを取った上で当事者に指導するという建前で運営されています。しかし、現実のハラスメント窓口は、たいていただの学校職員です。ただでさえ通常業務で忙しいのに、イレギュラーな、しかも解決しにくい余計な仕事を持ち込まれたらスルーしたくなるに決まってるじゃないですか。それが普通です。「ことなかれ主義」である方が、職員にとっては楽なのです。

そんな状況下で、受講生が授業に文句を言ってきたら、職員は「あなたにも非があったのではないか」などと言い放つ方が簡単ですよね。

かつて私が慶應義塾を提訴したときなんて、まさにそんな感じでしたよ。大学の運営に問題があり、通信教育課程の部署に電話して「訴訟でもしなければ改善してくれないのか?」と聞いたら、女性の職員に「ど〜ぞどうぞ、好きなだけ訴えてください」と言われました。「ちゃんと調べて折り返し電話します」じゃなくて、「文句があるなら訴えろ」と言われたら、そりゃ訴えるでしょう。

また数年前、私は当時の2ちゃんねるに膨大な誹謗中傷記事を書かれたことがあります。シンガポールの運営会社を提訴して犯人を突き止めたら、その犯人は某私立大学の現職の教授でした。その教授の勤務先のハラスメント窓口に通報したものの、大学は放置したので、私はその教授と大学を相手取って訴訟を提起したことがあります。裁判所は「名誉毀損で違法」と判断した行為が歴然とあるのに、大学側は放置するのですから、たいていの大学のハラスメント窓口なんて、何も機能していない、ただのガス抜き窓口なんじゃないかと確信しました。

今回の事件で、きちんと確認しなければならないのは、京都造形芸術大学のハラスメント窓口において、通報が行われたら、誰がどの程度調べるかというマニュアルがあったのか否か。普通はそういうものが存在してるはずなのですが、マニュアル通り調べて、ハラスメントの事実確認ができたのか否か。そして問題解決の方法として、問題の講師に改善策を相談・要求するなどの事実があったのかどうか。

上記の会田氏のツイッターによれば、大学側は事実関係を調べず、講師本人に問い合わせもしていないことになります。
授業の内容について何らかの通報があった時、それがハラスメントなのか否か、誰かが苦痛を受けないか、社会通念上問題があるのではないかと、調査して改善策を講じるべきだと思いますが、大学はそれができていたのでしょうかね。

結局、問題解決能力も権限も無い職員が担当し、調べたふり、話を聞いたふりだけして放置するもんだから、当事者の女性が司法の判断を仰ぎたくなるのではないかと、邪推してしまいます。

京都造形芸術大学さん、エロ・グロでも芸術であって、セクシュアルハラスメントには当たらないと主張するのであれば、それこそハラスメントの事実をきちんと調べ、当事者女性にも真摯に説明した上で、胸を張って行くべきではありませんか。

もちろん被害者とされる女性が被害妄想のような人である可能性もあるかもしれません。だけど、事実関係きちんと調べずに、会田氏にも問い合わせせずに放置したら、そりゃ大きな問題に発展するでしょう。
posted by まつもとはじめ at 02:13| 神奈川 ☔| Comment(0) | 教育機関の不正・犯罪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする